ハイドンの恋

モーツァルトを恋愛詩人と表現するなら、ハイドンは古典的な自然詩人と呼べるのではないでしょうか。ハイドンの代表的な作品として「天地創造」「四季」などあげられますが、そのいずれも後期に作られた楽曲です。

ハイドンの恋(つづき)

ですが、ハイドンは若いころから音楽の素晴らしい才能を発揮しています。

ハイドンは20代のころ、音楽の都ウィーンで生活しています。まだ音楽の修行中の身であったハイドンは、ちょっとした作曲や音楽の個人授業などで生計をたて、カツラ師であるケラーのところに下宿をしていました。

ケラーには2人の娘がいました。姉のマリア・アンナ・ケラーと、妹のテレジア・ケラーです。ハイドンは妹のテレジア・ケラーに淡い恋心を抱きます。

ハイドン

しかしハイドンの思いは通じることはなく、1756年、テレジア・ケラーは修道院に入ります。

ハイドンは落胆としますが、テレジア・ケラーの誓願式のために、オルガン協奏曲を作り上げます。オルガン協奏曲はハイドンが作曲した初めての協奏曲になります。

1759年、ハイドンはモルツィン伯爵の楽長に就任します。その翌年、テレジア・ケラーの姉であるマリア・アンナ・ケラーと結婚します。

ハイドンとマリア・アンナ・ケラーの結婚は楽長の地位を保持するためとか、妹のテレジア・ケラーを忘れることができなかったからなど、いろいろと噂があるようです。

そのためか、結婚生活は長く続かず、二人の間には子供もいなかったそうです。


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